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津地方裁判所 昭和26年(行)4号 判決

原告 河辺次郎

被告 三重県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十六年三月三十一日農地第二九三号を以つて原告の被告に対する訴願を棄却したその裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、

一、別紙目録記載の土地は牧野であつて、原告が十数年以前から訴外村田七右衛門よりこれを借受け、牧畜業を小作経営して来たものであるが、四日市市農地委員会は調査のうえその事実を認め、昭和二十四年三月二日右土地に対し、買収計画並びに原告を被売渡人とする売渡計画を樹立し、三重県農地委員会の承認を得て、三重県知事より原告に対し売渡通知書が発せられ、原告は昭和二十四年十二月八日その対価を支払つて右土地の所有権を取得した。

二、然るに四日市市農地委員会は昭和二十五年十二月二十六日曩に樹立した前記買収並びに売渡計画を取消した。

三、よつて原告は被告(その当時は三重県知事青木理)に対し、昭和二十六年二月十三日、その当時施行の農地調整法第十五条の二十七に基き、右四日市市農地委員会の買収売渡計画取消決議取消の訴願に及んだところ、被告は右訴願に対し、昭和二十六年三月三十一日農地第二九三号を以つて、別紙目録記載の土地は牧野ではない。仮りに牧野としても原告は小作人ではない、という理由により原告の訴願を棄却した。

四、然れども別紙目録記載の土地は明らかに牧野であり、且つ原告が小作経営しているものである。

よつて被告のなした右裁決の取消を求めるため本訴請求に及んだ。

と陳述した。

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、原告の本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として、

一、四日市市農地委員会がなした原告主張の買収並びに売渡計画の取消処分は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に基くものであるところ、これに対する訴願を都道府県知事に対してなし得る旨規定した法律はない。改正前の農地調整法第十五条の二十七の規定する訴願は、農地調整法による市町村農地委員会の処分に対し、都道府県知事に訴願し得ることを規定したに止まる。従つて農地調整法に規定なき自作農創設特別措置法に基く処分につき、農地調整法第十五条の二十七に基き被告に訴願することはできない。然らば原告の訴願は不適法な訴願であつたのであるから、これに対する裁決の取消を求める本訴も不適法である。

二、原告は別紙目録記載の土地の小作人ではなく、且つ右土地は牧野ではない。従つて原告は自創法に基き右土地の買収請求並びに売渡申込をなすべき資格を有しない。

然らば、原告は、四日市市農地委員会のなした買収並びに売渡計画の取消処分により、又これに対する原告の訴願を棄却した裁決により、何等権利を侵害せられるところがないから右裁決の取消を求める本訴につき正当な当事者たる適格を有しない。

よつて本訴は不適法である。

と述べ、本案につき、

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、四日市市農地委員会が別紙目録記載の土地につき昭和二十四年一月頃原告主張のごとき買収並びに売渡計画を樹立し、これに基き昭和二十四年三月二日三重県知事より買収令書並びに原告を被売渡人とする売渡通知書が発せられたこと、四日市市農地委員会が昭和二十五年十二月二十六日、右買収並びに売渡計画を取消したこと、原告がこれに対し被告に訴願し、被告が右訴願を棄却したことは認めるも、四日市市農地委員会が右買収並びに売渡計画を取消したのは、

一、別紙目録記載の土地につき原告は小作人でなかつたこと、

二、右買収並びに売渡計画には別紙目録記載の土地を原野として買収並びに売渡すことにしたが、自創法上、原野の買収並びに売渡はあり得ないこと、

三、別紙目録記載の番号(1)、(2)、(3)、(6)、(8)、(9)、(10)、(16)の物件については一筆の土地の一部につき買収並びに売渡計画を樹立したが、その計画書において目的物件を特定していなかつたこと、

四、別紙目録記載の番号(5)及び(16)の物件は現況宅地及び山林であること、

五、原告が別紙目録記載の土地につき小作関係がないことを知りながら、これを虚構して買収請求並び売渡申込をなしたこと、

等の違法があることを発見したからである。

従つて四日市市農地委員会のなした右取消処分は適法であり従つて又これを認容して原告の訴願を棄却した被告の裁決も適法である。(その他被告の詳細な経過に関する陳述は省略する)

と述べた。

当事者双方の立証並びに認否〈省略〉

理由

第一、被告の本案前の主張について

原告は被告に訴願したところ、これを棄却する旨の裁決を受けたが、その裁決は違法であるから、これを取消す旨の判決を求めるというのである。然らば原告はその裁決の取消を求める本訴につき正当なる当事者としての適格を有するものというべきである。訴願が適法であつたか否かは、その裁決の取消を求める訴の適否に影響を及ぼすものではない。よつて被告の本案前の主張は理由がない。

第二、原告の本案請求について

原告は四日市市農地委員会が別紙目録記載の土地につき樹立した買収並びに売渡計画を取消したから、その当時施行の農地調整法第十五条の二十七に基き被告に対し訴願したと主張するが、右農地調整法第十五条の二十七所定の訴願は、市町村農地委員会が農地調整法所定の処分をなした場合にのみなし得るものであることは、同法条の規定上明らかである。然らば原告が自創法に基く四日市市農地委員会の処分に対し被告に訴願しても、これは不適法として棄却されるのは当然のことである。被告は右訴願に対し、実体的な判断をしてこれを棄却しているがこれは本来なさなくてもよかつたことである。従つて被告が右訴願を棄却したのは何等違法ではない。

更に原告は右四日市市農地委員会の買収並びに売渡計画の取消処分に対し、これが取消を求める訴を当庁に提起しているのであるから(当庁昭和二十六年(行)第一号)、更に右取消理由と同一の理由に基き本件訴願裁決の取消を求める実益は何等存在しない。蓋し右買収並びに売渡計画の取消処分の取消を求める訴訟の判決は、行政事件訴訟特例法第十二条により被告をも拘束するからである。よつて原告の本訴請求は権利保護の利益なきものである。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 西川豊長 喜多佐久次)

(別紙省略)

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